大人になって、家族旅行に行ってきた。おいしさと笑顔、昔と同じもの。違うもの。
家族旅行に行ってきた。
土日の休みを使って、一泊二日の旅行だ。
同じ地方内でそんなに遠くではないけれど、総じて楽しかった。
一つは、バイキングが楽しかった。
兄弟がほんの一瞬だけ、大食いのようにデザートを食べる様子が面白かった。
味が美味しいと言うより、食べたいものを食べたいだけ食べられる、その状況が美味しい。
それと、天気が良かった。風が美味しかった。
晴天で強い日差しが照りつけて、帽子なしではやっていけないときもあったが、夕方から夜にかけては雨が降ったり、二日目の夕方には涼しい秋の風が吹いたり、表情豊かだった。
実はその観光地に、数年前(10年前ぐらい?)に行ったことがあった。
フグと戯れていたのは印象的で、その施設は鮮明に覚えていた。他にも、訪れた場所は何となく、見覚えがあった。
ほんとに、なんとなく。
見覚えある景色が広がる。
でも、そこに過去の自分や家族はいない。
思い返そうとして、自分の限界を感じる。そうして今の自分に気を取られ、今にしか注目できなくなる。
思い出すための外的なサポートがなければ、そうして記憶は死んでいくのかもしれない。
サポートの一つとして写真がある。だから写真は基本的に好きだ。
写真に気を取られすぎて、今を楽しめなくなるのもあまり好まないが。
ただ、「昔の私はこんなので、今はこんなので、成長している」と言う実感欲しさに、自分の記憶を書き換えることは、こわい。
人間らしくて、いやじゃないけど、負けた気がする。
それでも楽しければ良いのかな。
今回の旅は、家族の成長を感じられた。
皆落ち着いていて、でも子供は昔のようにはしゃいで疲れて。
自分が昔なら車の中で昼寝をしていたはずなのに今回はほとんど昼寝できなかったのは、成長なのか、衰えなのか。
それと、運転中に無邪気に寝ることができていた昔と比べて、運転できる今は、前の車との車間や運転手の睡魔が気になって落ち着かなくなってしまった。
楽しいけれど、昔も今もあまりに楽しすぎて、それが切ない。
いつか終わりが来る。なくなる時が来る。崩れる時が来るから、悲しい。
私はそうして、今、文章を書いている。
成長は嬉しいのに、
悲しい笑顔しかできなくなっていきそうで。
2025/09/21
三時間前まで観光地を車で走っていたなんて。現実が、怖い。